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[ss]ミルクバス 三杯目


シリーズ化しちゃった。。。
えろい篤くんシリーズ(爆)
といっても今回は全くと言っていい程、篤くんが出て来ません・・・。

堂郁   結婚後 双子前~妊娠期

* * * * *


笑生が5歳になる年に篤さんからまた提案を受けた。
「もうそろそろ、次の子、考えないか?」
そうだねぇ・・・

自分の年齢的にもだし、仕事の事も考えると、復帰することを思えば、早い方がいい。
笑生を産んで復帰した時が結構大変だったから。

常々身体を鍛えるようにすればいいだけの話なのかもしれないけど、育児って思ってた以上に体力を使う。物質的な事だけじゃなく、授乳すると結構疲れる。
慣れはしたし、母乳の出がよかったから余計だったのかもしれないけど、常に貧血との戦いだったし・・・。

そういえば、あの失敗は絶対にやりたくないって思ったのが、ひとつだけある。
母乳パッドを換えるのを忘れてて(というより、換える暇がなくて)換え損ねていたら、溢れちゃって・・・
ものすごい恥ずかしい目にあった。

図書館書庫では溢れてなかった。
業務が終って、事務室に戻ったとたんに溢れたらしく、事務室に戻ってジャケットを脱いだら・・・
そうそう、手塚が気付いたんだった。
顔真っ赤にして、指摘してくれた。
「笠原・・・シャツ」
あれは、本当に恥ずかしかった!
それからは、それはそれは定期的に換えに行ったわよ。
予備にシャツ・ブラ等着替えももちろん置いて。

それがあったすぐ後だったわよね・・・
篤さんからの提案
「笑生も大分、保育園に慣れたし、両親にも慣れて来た。たまになんだが、俺の両親に笑生を預けて、2人きりにならないか?」
篤さんからそういう提案が出て来るなんて意外だった。
初めての子なのに、そういうことしても良いのかかなり疑問だったが、
「預けてもらえるならって俺の親も喜んでたんだが、どうだろう」
って言われたら、確かに、見せには行きたいしとは思ったけど、2人きりになりたいとこんなに早くに言われるとは思わなかった。
そんなに篤さんを寂しくさせていたか? と不安にもなった。

実際にお義母さんが休みの日で、私たちが公休日に笑生を預けて4~5時間だったんだけど、2人きりでデートしたらその真相が解って・・・かなりほっとした。
篤さんは、やはり、お風呂のスキンシップやタイムリミット付きの行為では満足出来てなかったようなのだ。
これは私の見解。
だって、1回目のお預かりデートでは2~3時間のデートで、お茶して帰って来ただけだったけど、2回目以降は時間をさらに延ばして、ホテルに出かけるようになった。しかも・・・見た目に派手なほう。
まぁ、泊まりではないからかもしれないし、目的がそれだからかもしれないけど、これって笑ってもいいよね?

思いっきり、手加減なしになったのは4回目だったけど。

約月に1回は笑生を預けるようになっていたのだけど、私はものすごく心配だった。
お義母さんに負担はかけていないだろうか・・・と。
お休みが育児に潰されるのはつらいのではないか、体力的にも大変だろうし・・・。
でもね・・・お義母さんも男性側の事情を踏まえているのか、3回目のお預かりの時にぽそりと
「育児も大切だけど、夫婦間も大切よ。月一くらいしか預かれなくて悪いけど、篤の事任せられるのは郁ちゃんだけだから、お願いね」
その時はわからなかったんだけど、今考えると・・・それも含んでいたのかもしれないって思うようになって・・・。気持ち的には非常に気まずかったんだけど、確かに大切よね・・・
と思って、ここは甘えさせてもらう事にした。
それをね、3回目のお預かりの帰り道で篤さんにも伝えたら、4回目から手加減なしになったのよね。
甘えてもいいって思ったのか・・・甘えたかったのか。

ウチの両親にも預かってもらえると嬉しいけど、そういう訳にもいかないものね・・・。
ウチだったら、母親が専業主婦だから、預け放題なんだけど。
そう言う訳にもいかないもんね。


笑生が大きくなってきて、公休は三人で過ごすようになると、お預かりデートはあまりしなくなったけど、お義母さんが休みの日に、笑生を保育園まで迎えに来てくれて、連れていってくれることがあった。
その日は、夕食を2人でとったりしていた。
昨年くらいからは、笑生もお泊まりが出来るようになって、実家に泊まって来ることも多くなって・・・。
公休日とはなかなか重ならないけど、笑生が泊まって来る日は、大抵、そういう日になってしまって、結構大変だった。


小牧教官にはバレバレだったみたいで、自分達に疲れが見えると
「昨日は笑生ちゃんお泊まりだったんだ」
って小声で突っ込まれるようになってしまって、それはそれで、とっても恥ずかしく。
でも、開き直った篤さんって凄くって
「お前んとこも、子供が出来れば解る」
なんて返答してて、びっくりした。


笑生を一人っ子にはさせたくはなかったけど、笑生出産時の復帰した後が結構大変で、身体を元に戻すのに時間をとってしまって、2人目を考えるのは先延ばしになっていた。
笑生が5歳になる年になると、さすがにこれ以上あけるのは・・・とも考えた。
まぁ、手塚の所はお兄さんと8歳違いだと言っていたから、それだけ離れてもおかしくはないのかもしれないけど、自分の復帰を考えるならば、やはり、少しでも若い、今がいいのかもしれないと思った。


篤さんに2人目をと言われてから数日後、私からの承諾を貰った篤さんは、例の箱を封印した。
わざわざ封印しなくてもいいのに。笑いが出る。


例の箱を封印してから数ヶ月後には意外な方法というか、現象で妊娠が解った。
お風呂に1人で入っていて、ちょっと居眠りをしているウチに湯船がミルク色にそまったのだ。
もしかして! と翌日妊娠検査薬を買って来て、検査してみると見事、妊娠していることが解った。

病院に行ってみてもらうと、妊娠はしているが、ハッキリと映像では映らないと言われた。
2ヵ月未満ってことだそうで、よく妊娠しているのがわかったなと言われた。
「何となく、もうそろそろどうかなって、妊娠検査薬使ってみたんです」なんて病院の先生に答えたりして
「そうですね。前回は訓練中に発覚したんですものね」
今回は早めに解ってよかったわ。なんてちょっと釘を刺された。

初回の検診では言わなかったが、まだ、駄々漏れほどには出ていないものの、やはり、うっすらとお風呂は濁るようになってしまった。
これは訊いた方がいいのか迷ったが、出が良いのは悪い事ではないとは思うものの、思い切って訊ねてみた。
今回の検診では、月齢が出て、4ヵ月に入った所だった。
一発必中という言葉が頭に浮かぶ。妊娠確定日が箱を封印した日に近かった。

母乳がもう出ている事を先生に相談すると、出の良いヒトは妊娠してなくても、出ることあるんですよ。
とあっさりと答えられた。
へ? たぶん、とても間抜けな顔をしていたと思う。
「生理前とか、胸張ったり、母乳が滲んだりって気付かなかった?」
時々、胸が痛む時はあったが腕立てした時の筋肉痛かと思っていたが、もしかして、乳腺の痛みだったりしたのか? 
「気を付けておいてね。乳がんとかって、そうやって見逃したりするんだからね。あなたは特殊な所にお勤めだからあれだけど、乳がんの検査方法も知っておいたほうがいいかもね。あまり刺激すると子宮の収縮に繋がるからあれだけど・・・」
検査は安定期に入ってから、定期的に見ててね。
と言われた。


隊長や班長クラス、班のみんなには私の妊娠は伝えられていたが、その他の隊員にはまだ伝えられていなかった。みんなへの報告は安定期に入ってからということになったのだ。
ただ、用心のため、訓練時は別の仕事が当てられたので、殆どの隊員は気付いているのではなかろうか。


5ヵ月目に入るか入らないかの時・・・
郁は久々にやってしまった。
あれは、なぜに交換しなかったのか・・・
基本事務仕事がメインに組まれていたので、時間は自由になるはずだったのに、午前中はとにかく来客対応や電話対応に押されていた。なかなかトイレにも行かせてもらえないほどだった。

そして、またもや手塚が
「笠原、着替えてこい、またやってる」
とこっそり教えてくれた。

あああ・・・・

「行って来る!」
ジャケットの前をぴしっと押さえ、事務室を慌てて出て行った。
堂上がどうした?と不思議そうな、そして心配そうな顔をして手塚に近づいて来た。
手塚はというと、事務室の脇の給湯室横に置いてあるモップを取り出し、床掃除を始めた。
その行動に堂上は気付き「俺が替わる」とモップを受け取って掃除し始めた。

とはいえ、その跡はぽたぽたと女子更衣室まで繋がっており、延々拭いて行く羽目になった。

「今回もミルク代の心配はなさそうだね」
と微妙な発言をしたのは小牧だった。

牛乳をこぼしたにしては、薄い色のその液体に一部隊員がいらぬ妄想をしたが、掃除する堂上を見て、大半の隊員は気付いたらしい。一度、同じ事で失敗していることは皆の記憶に残っていた。
「かみさん、もしかして?」と声を掛けて来る。
「もうそろそろ正式にお願いしようかと思っていたのですが・・・」
そうか、よかったな! とバシバシ肩や背中を叩かれ、数名の隊員から祝福を受けた。

午後の課業が終わりを告げた。
堂上夫妻から報告があるとメンバーは事務室に集っていた。
今日の昼の騒ぎで、数名の方には報告していたこと、隊長、班長には伝えてあった事を前置きし、
郁が妊娠5ヵ月に入ることを伝えた。

「何!? もう半分きてるのか!?」
「道理で笠原の胸が育ってんなと思った」
「ふっくらしてきたなと思ってたんだ」
「訓練に出てなかったからな、薄々は気付いてた」
という意見があちこちから上がり、大半が解っていた事を教えてくれた。


正式に郁の懐妊が発表になると郁の産前産後のスケジュールが調節され、シフトも正式に外された。
防衛方の仕事は無理だからだ。
前回の妊娠の時には8ヵ月まで働いていた。
だが、今回の妊娠では7ヵ月に入った所で離脱した。
お腹が急激に膨らんだからなのだが、その理由を正式に把握しているのは隊長と副隊長だけで、夫である堂上もしらなかった。

「おい、いいのか、こんな大事な事、旦那に知らせなくて・・・」
と困惑したのは隊長だった。
「すみません。教えないでください。でも、休みを早めてもらうのも、ちゃんと理由は必要ですし・・・育休の期間延長もこれを言わないと始まらないもので・・・」

この話を聞いた時に、掛けが不成立になった。
郁の懐妊が知らされたその日に男女どちらが生まれるか掛けられていたのだが、掛けの選択肢に双子のカテゴリーがなかったので、男女共という答えは誰もしていなかったのだ。

「意表を衝かれたな」
「全くです」

だが、この掛けの結果も、結果的に双子だということがバレるまで続いていた。
郁が堂上に双子であるという事実を告げてなかったがために。
ま、そのくらいの事は別にどうだっていい話ではあるが・・・

郁はというと、お風呂を笑生と入るようになっていた。
最終的には篤とも一緒に入るようになるのだが、基本的に笑生のお風呂は母親である郁の担当だった。
郁の胸から母乳が流れていることが不思議でしょうがなかったが、笑生はこれが赤ちゃんのご飯だということを踏まえた上で、「私も飲んで見ていい?」とかわいらしいお願いをしてきた。
まだ、6ヵ月という所だったので、笑生が飲むくらいは大丈夫ではなかろうかと一応承諾したのだが、吸うという刺激は子宮の収縮に繋がるようで、痛みが走った。

「おかあさん大丈夫?」
「ごめんね、笑生、赤ちゃんが私のごはんとらないでって怒っちゃったみたい」と咄嗟にうそをついた。
笑生は悲しそうな顔をして、ごめんね。ごめんねと一生懸命に謝っていて、悪い事をしたなと反省した。
「赤ちゃんが生まれたら、飲んでも大丈夫だよ。おかあさんのおっぱい沢山出るから」
ぱぁっと表情が明るくなった笑生が「約束ね」と元気に返事した。



* * * * *

これは・・・続きます。
長くなっちゃった。
三杯目といいながら、お風呂は殆どなかったし、篤くんの出番も少なかった!
殆ど郁語りだったし

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